SSブログ

私は貝になりたい [映画・TV・ドラマ]

私は貝になりたい (朝日文庫)

私は貝になりたい (朝日文庫)

  • 作者: 橋本 忍
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2008/11/07
  • メディア: 文庫
私は貝になりたい スタンダード・エディション [DVD]

私は貝になりたい スタンダード・エディション [DVD]

  • 出版社/メーカー: ジェネオン エンタテインメント
  • メディア: DVD

先週、満員で見られなかったので、この日曜日に見てきました。

もともとBC級戦犯という存在には興味があったのです。
きっかけは、次回の記事で触れるので、今回はこの映画で感じたことを…。

 


大まかなストーリーは知っていました。
また、私が生まれる前にやった同名の作品とも、変更点があることも…。

…ただ、内容に変更が加えられようとも、変わらないのが、BC級戦犯という立場に置かれた彼らの、人生が不条理だったということ。
戦争を起こした立場でもなく、命令を下した立場でもない。
上司に命令されて、銃でやらないとお前を殺すぞと脅されて…、ついこの間まで床屋の主人だった男が、捕虜の処刑執行をさせられた…。
しかし、その銃剣は捕虜をかすっただけで、相手はすでに衰弱して死んでいたのに…。

ただ、処刑執行を「させられた」というだけで、主人公の清水豊松はBC級裁判で絞首刑に処せられます。
命令を下し、処刑執行を「させた」上司は、実行犯ではないという理由で25年の重労働の刑ですんでいるというのに。

あまりにも不条理な判決だと思いました。
裁判を行ったアメリカ側は以下の理由をつけて、彼を殺人の意思があったと見なします。
・命令を受けたのなら、命令書があったはず。無いのは彼の意志で殺したから。
・いかなる上司の命令であっても、不当だと思えば断れたはず。
・銃で脅されたのなら、軍律会議に提訴すればいい。それをしなかったのは、彼が米兵を殺したいと望んでいたから。

国の軍のあり方の違いを理解せず、庶民が赤紙一つで兵にさせられることも理解せず、上司の命令を拒むことが当時の日本に許されなかったことも理解せず、裁判官は判決を下します。

それとも、知っていたのに判決を下したのでしょうか。
自分の国の人間を「殺した」人間が憎くて…。

「あんたはね…、どこの国の話をしてるんです!ええ、日本の軍隊では、二等兵は牛や馬と同じなんですよ。牛と馬と!」
主人公の法廷の言葉が悲しく響きます。
思わず胸を締め付けられました。

『A級戦犯裁判の内容にくらべるとBC級裁判はあからさまな報復裁判が多く、無実でありながら絞首刑や有期刑を宣告された人たちが多い。調べていくと、戦争とはこのようなものか、戦争の正義とはこのようなかたちであらわれるのか、と考えさせられ、胸苦しさを感じる。』
『BC級裁判にかけられた人たちはその多くが名もない庶民である。』

(「神を信ぜずーBC級戦犯の墓碑銘」岩川隆 著)

アメリカ人が裁いたBC級戦犯は、死刑143人、無期162人、有期871人、無罪188人、その他89人だそうです。
もちろん、裁判を行った戦勝国はアメリカだけでなく、イギリス、オーストラリア、オランダ、フランス、フィリピン、中国等も加わるのですから、それらを加えれば、とんでもない人数になることでしょう。

何故、彼らは死ななければならなかったのか…。
戦争に駆り出された庶民達はいっぱいいたのに、何故、彼らだけが選ばれたのか…。
これらを知るには、きっとたくさんの資料を調べなければならないでしょう。
そして、戦後63年を経た今、真実に辿り着くのは、大変難しいことも、想像に難くありません。

死刑に当たる罪を犯していないのに、絞首刑を免れられなかった豊松は、最後に精神の均衡を崩していたように思います。

最初に独房で同室になった大西(草彅剛)のように、信仰に支えられ静かに処刑台に向うでもなく。

矢野中将(石坂浩二)のように、罪を全部自分で背負いこみ、他の人間の無実を訴えて毅然と死んで行くのでもなく…。

いいえ、彼ら2名の方が、少数派だったに違いありません。
ほとんどの人たちは、動揺し心の均衡を崩していったのではないでしょうか?

貧しくも幸せだった家庭、誰もが平等に持っているはずの大切な命、それらを皆奪われたと知った時の、豊松のうつろな瞳、家族に宛てる最後の手紙を書く時の鬼気迫る瞳は、戦争によって人生を狂わされた男の悲劇を強く感じさせました。

「せめて生まれかわることが出来るのなら…。
いいえ、お父さんは生まれかわっても、もう人間になんかなりたくありません。
人間なんて厭だ。
馬や牛の方がいい。
…いや、牛や馬ならまた人間にひどい目にあわされる。
どうしても生まれかわらなければならないのなら…いっそ深い海の底の貝にでも…。
そうだ、貝がいい。貝だったら深い海の底の岩にへばりついているから何の心配もありません。
兵隊にとられることもない。戦争もない。」

全てに絶望して、人間ということすらも否定してしまう豊松。
人間として、何かが壊れてしまったのでしょうか?

人間の大切なものを奪っていく戦争というものの不条理さ、理不尽さ。
今なお、世界には戦争が続いています。

二度と、こんな理不尽な死に方をする人がいなくなることを…、いえ、戦争その物に不幸になる人のいなくなる世界を、強く望みます。

そんなことを強く感じました。
こんな時代だからこそ、戦争を知らない世代、戦争を知っていてもBC級戦犯をよく知らない世代に見てほしい。そんな映画でした。

 

神ともにいまして 行く道を守り
天の御糧もて 力を与えませ
また会う日まで また会う日まで
神の守り 汝が身を離れざれ

荒野を行く時も 嵐吹く時も
行く手を示して 絶えず導きませ
また会う日まで また会う日まで
神の守り 汝が身を離れざれ

御門に入る日まで 慈しみ広き
御翼の陰に 絶えず育みませ
また会う日まで また会う日まで
神の守り 汝が身を離れざれ
(「賛美歌405番」 草彅剛演じる大西が処刑台に向かう時に口ずさむ歌)


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

MUSIC FAIR21ミュージカル「南十字星」 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。